2026年8月8日

  • 死ぬこと | on dying

    家の前でセミとカナブンか何かが死んでいる。排水口の側で硬直したまま、数日が経った。一昨日の夜だったか、外からバタバタともがくセミの羽音が聞こえたから、この内一匹はそれかもしれない。仕事から帰ってきて一瞥する際は、動かないかどうかに最も注意が向いていた(ドアを開けた際にばたつかれると、うちの中にゴールインする可能性が高いから)が、昼食を摂ってぼうっとしていたところ、埋葬した方がいいんじゃないかと思った。下の階に入っている運送会社前の植木鉢に、後で移そうと思った。

    生きていて確かなことはほとんどないように思う。信じられないようなことも起こるし、信じられないような人も、おそらく想像するよりずっと多くいる。自分を信じることも難しい。気がつけば、生きていると言えるのか曖昧な感覚が身について、時間だけが無為に過ぎていくように感じる。だから時々、確かなことを一つ思い出す。それはいつか必ず死ぬこと。死んで、終わる。そう思うと、まだ終わっていない今、自分が間違いなく生きていることが逆照射される。死んでないなら、生きている。今ここに死ぬ前のすべてがある。